2014年12月05日

つくばに住む赤ちゃんがクオリティー高すぎる理由



いとたかき方の子が降誕する赤ちゃんの季節であることを思いながら思索をしていきたい。思索と言う名の祈りだ。単なる思索は捨てた。大きいな赤ちゃんから小さな赤ちゃんまでなんでも愛そう。わたしも赤ちゃんだった。そのときは金と欲にまみれた大人と違って無垢だったのだ。そんなわけではなかった。わたしは物心ついたら、ねじれて素直でもなかった。しかし物心つく前はどうだったろう?いと高き方の子がわたしに語り掛ける。すべての人に語り掛ける。ひびきわたっている。その声がつくばにも届いていることを忘れてなんかいない。わたしは思う

マルコ10章14節
イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた、「子供たちをわたしのところに来させなさい。止めてはならない。神の国はこのような者たちのものである。 15 あなたがたによく言っておくが、子供のように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはない」

Posted by 山田ランペイジ由香里 at 17:40│Comments(0)聖書の聖句
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